それ自体が神社!?落雷も蹴散らす神の木!その名も長太の大楠【三重県 鈴鹿市】

近鉄名古屋線をトコトコ.。ふと窓から外を見ると。

田園の中に。

なん……だと……!
ということで今回の【私つくねの行ってみたいするめ処】は……

長太の大楠です

まずはこの大きなクスノキ。
三重県鈴鹿市南長太(なご)町に自生しています。ここ↓

周りがのどかな田園風景で視界が開けてるのもあって、なんでも2km手前からでも確認できるらしい。日本各地に巨木スポットは数多あるけど、ここまで周りが開けて一本だけドーンは珍しい。

この長太の大楠。
樹高23m。幹周8.8m、直径2.6m。樹齢は軽く1000年を超えている
千年…。厳か。大変に厳か。

でも何がどうしてこんな大木が田園の中に。

それを説明する前に、そもそもクスノキという木はどんな植物かをおさらい。
一般的なクスノキの見た目はこんな感じ↓

長太の大楠

公園とかでよく見る

香りが高く樟脳が採れる香木として植林されれたり、寺や神社に植えられて御神木になっていたりしてまさにThe・日本っぽい樹という感じ。
飛鳥時代には仏像の素材としても使われたりしたそうな。

クスノキの特徴

■生長スピードは早いです。
■順調に育てば高さ25mくらいまで育ちます。
■花はこんなのが5〜6月に咲きます。

長太の大楠

小さくてかわいい

■種は鳥は食べるけど、人間は食べません。
■葉の裏にダニ室というクスノキの害する小動物や菌を捕食するダニをそこの部屋に住まわせて木を守っています↓

長太の大楠

ダニ室。双利共生。ダニガーディアン。

で、そんなクスノキ。
御神木にされることも多いというのがポイント。

そう。この長太の大楠も御神木

でもただの御神木ではなくて……。
なんとこのクスノキ自体が神社だったのです。
木が神社……だと。

少し小難しい話をすると…。

嘉永年間(1848〜1853)に荒井勘之丞(あらいかんのじょう)という人がまとめた【勢国見聞集】に「いろいろ調べたらこのクスノキはどうやら昔から式内の社って記録されてるよ」と記されてて。

式内の社っていうのは延長5年(927)年に全国の神社をまとめた延喜式神名帳というタウンページ的なやつに載ってる神社のこと。

てことは、少なくとも927年にはこのクスノキは大木神社としてこの木そのものを神社として祀ってたということに。

神様の木…神木…隆之介……3月のライオン…

で、それからちょこっと遷宮(別の本殿に移すこと)したりしながら、現在は他の神社へと合祀(別の神社と合わせて祀ること)されて今は神社そのものの役割を終えています。

簡単にまとめると。
めちゃくちゃ長い間この長太の大楠はそれ自体が神社でした。今は引退?したけど、その神々しさに変わらず皆から愛されています。

その後の話をすると1963年に三重県の天然記念物になって、2012年に三重県で初めて景観重要樹木になってます。
景観重要樹木とは簡単に言うととても素敵な景観を提供してくれるエクセレントな樹木はリストに入れてしっかり保存していきましようやって感じです。
詳しくは↓に詳しく書いてあります。

景観重要樹木の基本的事項

そんな長太の大楠だからインスタとかでも映えるってんでいろんな人が訪れて映え映えしています。

で。
もう勘の良い方は気づいたと思う。
こんな開けた場所にこんな大木。

絶対雷落ちるやつ。

はい。
落ちます。
実際近年だと2020年に落雷。
内部に電気が通った形跡は無かったそうだけど、樹皮がやられてしまった。地面に電流が走った跡もあった程の強烈なやつがドン。
当然大ダメージ。
このままだと樹皮がべローン…!なにより樹勢が弱っている…!

回復させる為に土壌を改良します!
いろいろやれること全部します。

市長や地元の大くす保存会の方、住民の方が皆で協力して処置。

翌年

変わらず例年の春通り若葉が茂り鮮やかな緑黄色にキラキラと。

いや回復が早すぎるよ。

長い歴史の中で幾度となく落雷の被害に遭ってきただろう。これだけ開けてたら台風や季節風の脅威にもさらされてきただろう。海に近いから塩害もあるだろう。
根本にある傷なんて戦争中に樟脳を採る為に樹木を剥いだ跡なのだそう。

それでも。
こうやって威風堂々と。
これまでも、そしてこの先も地元の方とこの長太の大楠が相互で守り合っていく関係は変わらないのだろう。

∞つくね∞